今月のシルバーバーチ

関西シルバーバーチ読書会

今月のシルバーバーチ

シルバーバーチの霊訓 2017年12月

愛する人を失って悲しみに暮れている人々、病床に伏せている人々、悩める人々、人生に疲れた人々等々……こういう人たちは皆、人生の目的を見失っております。教会も科学者も思想家も何の力にもなってあげられないのが現実なのです。
〝人間の窮地は神の好機〟という格言があります。肉体に包まれた霊 (本来の自我) がその霊性に目覚め、活発な活動を開始するのは、そうした窮地にあって、もう物質の世界には何一つ頼りになるものがない──万事休すだ、と観念した時からです。
皆さんが果たすべき役目は、そうした窮地にいる人々が真の自我に目覚め、地上に生を享けた目的を理解し、他人のために役立てるべき才能に気づかせてあげることです。一口に言えば、肉体の死後から始まる永遠の旅路の次の段階にそなえて、この地上にあって自己実現を成就させてあげることです。
それが地球浄化の大事業の一環なのです。その計画を立案し、その実現のために尽力している霊団が、今、あなた方の仕事を背後から援助しているのです。

『古代霊シルバーバーチ最後の啓示』P165/2~後ろから4

シルバーバーチの霊訓 2017年 11月

■ シルバーバーチの霊訓

問「生まれ変わりは本当にあるのでしょうか」

答「これは非常にややこしい問題です。というのは、この問題に関してはこちらの世界でも事実を知る者と知らない者とで意見がさまざまに分かれているからです。知らない者はあくまでも〝ない〟と主張し、知っている者は自分の体験から自信をもって〝ある〟と断言します。私は後者の一人です。私にも体験があるからです。」

『シルバーバーチの霊訓』(1)P173/6~後ろから4

シルバーバーチの霊訓 2017年10月

こちらは本質的には思念の世界、思念が実在である世界です。思念の世界ですから、思念が生活と活動の表現のすべてに形態を与えます。他界後の世界は地表のすぐ近くにあり、ものの考え方がきわめて物質的な男女が集まっていますから、思念の表現もきわめて地上的で、考えることがすべて物的感覚によって行われます。

そういう人たちは、"物"を離れての存在を考えることができません。かつて一度も、生命というものが物的なものから離れた形で意識にのぼったことがないのです。霊的な活動を心に思い浮かべることができないのです。精神構造の中に、霊的なものを受け入れる余地が無いのです。

ですが、死後の世界の生活にも段階があり、意識の開発とともに、徐々に、着実に地上臭が取れていきます。そして、生命というものが物的な相(すがた)を超えたものであることが分かりはじめます。そして、自覚が芽生えると、次第にそこの環境に反応しなくなり、いよいよ本当の霊の世界での生活が始まります。こうして、死と誕生(に相当するもの)が何度もくり返されるのです。

『スピリチュアルメッセージ(不滅の真理)』より

シルバーバーチの霊訓 2017年 9月

「いいえ、特別なものではありません。地上世界も霊的な世界の一部です。なぜかと言うと、霊の住む世界はぜんぶ重なり合っているからです。宇宙に存在する生活の場のすべてが、互いに重なり合い、融合し合っており、霊界とか幽界とか物質界という言い方は、一つの宇宙の違った側面をそう呼んでいるだけです。ポール君はいま物質界にいますが、同時に幽界にもつながっているのです。」

『シルバーバーチの霊訓―地上人類への最高の福音』3章 知識はすべて、ためになるのです ⇒

シルバーバーチの霊訓 2017年7月

しかし、それぞれの界に住む霊の成長には大きな差があるのです。
こちらでは魂の成長に応じた界層、むずかしい言い方をすれば、その人の知性と道徳性と霊性の程度に合った世界に住むようになります。
界層の違いは、そこに住む人の魂の程度の違いだけで、霊性が高ければ高いほど、善性が強ければ強いほど、親切心が多ければ多いほど、慈愛が深ければ深いほど、利己心が少なければ少ないほど、それだけ高いレベルの界層に住むことになります。

『シルバーバーチの霊訓――地上人類への最高の福音』P82/5~後ろから1 ⇒

シルバーバーチの霊訓 2017年 6月

こちらへ来てまだ霊的バイブレーションに順応していないうちは、地上時代と同じパターンの生活を営みます。
低級界いわゆる幽界は、いろいろな点で地上とそっくりです。これは、新参者にショックを与えないようにとの神の配慮なのです。
いきなり環境が変わると順応が難しいからです。

『シルバーバーチ最後の啓示』P38より

シルバーバーチの霊訓 2017年5月

幽霊も霊の一種です。が、霊が幽霊になってくれては困るのです。地上の人たちが幽霊と呼んでいるのは、地上生活がとても惨(みじ)めだったために、いつまでも地上の雰囲気から抜け出られないでいる霊が姿を見せた場合か、それとも、よほどのことがあって強い憎しみや恨みを抱いたその念がずっと残っていて、それが何かの拍子に、その霊の姿となって見える場合の、いずれかです。

幽霊さわぎの原因は、大てい最初に述べたタイプ、つまり、地上世界から抜け出られない霊のしわざである場合が多いようです。死んで地上を去っているのに、地上で送った生活、自分の欲望しか考えなかった生活が、その霊を縛りつけるのです。

『シルバーバーチの霊訓―霊的新時代の到来』8章
真理を知らないでいることは暗闇の中を歩くことです ⇒

シルバーバーチの霊訓 2017年 4月

そういうわけで、あらかじめ霊的知識をたずさえておけば、死後への適応がラクにできるのです。何も知らない人は適応力がつくまでに長期間の睡眠と休息が必要となります。知識があればすんなりと霊界入りして、しかも意識がしっかりとしています。要するに死後の目覚めは暗い部屋から太陽のさんさんと照る戸外へ出た時と似ていると思えばよろしい。光のまぶしさに慣れる必要があるわけです。

霊的なことを何も知らない人は死という過渡的現象の期間が長びいて、なかなか意識がもどりません。さしずめ地上の赤ん坊のような状態です。ハイハイしながらの行動しかできません。睡眠中に訪れた時の記憶は一応思い出すのですが、それがちょうど夢を思い出すのと同じように、おぼろげなのです。

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』1章 死ぬことは悲劇ではありません ⇒

シルバーバーチの霊訓 2017年3月

世間の賞賛はどうでもよろしい。人気というものは容易に手に入り容易に失われるものです。が、もしもあなたが他人のために自分なりに出来るだけのことをしてあげたいという確信を心の奥に感じることができたら、あなたはまさに、あなたなりの能力の限りを開発したので あり、最善を尽くしたことになります。

『シルバーバーチの霊訓』(1)P117/13~

シルバーバーチの霊訓 2017年 2月

地上の価値判断の基準は私どもの世界とは異なります。地上では"物"を有難がり大切にしますが、こちらでは全く価値を認めません。
そんなものは死とともに消えてなくなるのです。

『シルバーバーチの霊訓』(1)P117/7~8


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